兵庫県神戸市北区 『蒲公英城』

今回の城探訪日記は

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  兵庫県神戸市北区『蒲公英城』

  形式:丘城 築城:南北朝時代 遺構:土塁・空堀・井戸

蒲公英城は、佐々城や松原城・道場城と呼ばれていました
また、たんぽぽは「つつみ草」とも呼ばれていて
城主の娘が鼓の名手であったとも言われています

蒲公英城は、南北朝時代に播磨の守護・赤松則村円心の
四男:弾正少弼氏範が三田城主だったころに有馬郡内に城砦群を設け
それぞれ一族を配置して守りを固めていたといわれる
この、蒲公英城も氏春を城主にしたという
しかし、氏春は敗死したのでその後松原氏が居城としました
そして、この松原氏は三木城の別所氏に協力する
天正6年に別所氏が羽柴秀吉に叛くと播磨攻めが始まりその後廃城

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西の丸
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西の丸土塁
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西の丸と本丸との間の堀跡
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                昔、神社が建っていたのでその痕跡たちイメージ 7
 
本丸
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本丸
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本丸土塁
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供養塔
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本丸からみた西の丸
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西の丸からみた本丸
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神鉄道場駅の看板にもきちんと記載されてます

現在、蒲公英城は工事が入ってます
取り壊しされるそうです
なので、立ち入り禁止になっている可能性があります
自己判断での城訪でお願いいたしまし

 探訪日 2018.5