和歌山県和歌山市 『紀伊 太田城』

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今回の城探訪日記は


      形式:平城 築城:延徳年間 遺構:移築門あり

太田城は、備中高松城・武蔵忍城と同じく豊臣秀吉が水攻めを
行なった城です
しかし、この2城は多少城跡として遺構が残っているが、この太田城
何も残っていません
来迎寺が本丸で、城の規模は四方で小規模だったとのこと
建物の遺構として大立寺山門が太田城の大門が移築されて現存しています
延徳年間に国造紀連が築き、その後太田源太夫が修築
天正13年、豊臣秀吉紀伊征討を行う
根来・雑賀衆と一緒に太田氏の秀吉に臣従せず太田城に籠城
根来寺を焼き討ちにした秀吉は太田城を水攻め
しかし、城は落ちなかったが籠城に疲れた太田一族は自刃し開城

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来迎寺

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太田城石碑

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 探訪日 2017・7